法人破産の際、社長や取締役は損害賠償を支払わなければならない?
会社を倒産させたときには、会社と利害関係のある多くの人に迷惑をかけてしまうことになります。
たとえば、従業員は職を失うことになりますし、取引先に対する未納金も満額を支払うことが難しい場合が多いでしょう。
また、株主にとっても倒産によって会社の価値がさがる(消滅する)ことで多大の損害が生じることもあります。
会社の倒産をめぐる債権者集会などでは、
「社長は会社を倒産させたことの責任をどう考えているのか!」
「未払い金を役員が個人で支払え!」
といった厳しい声が飛ぶこともあります。
会社を倒産させた社長は、このような要求に応える義務があるのでしょうか?
「経営者としての判断の過程」に問題がある場合は、責任が問われます。
そこでここでは会社が倒産したときの取締役の責任について、破産法・会社法がどのようなルールを定めているかについて説明します。
このコラムの目次
1.取締役(経営者)の地位と「取締役の責任」
最初に、会社における経営者(役員・取締役)の地位とその責任についての基本的な考え方について簡単に確認します。
会社の役員(取締役)は、会社の意思決定を行う立場にあります。その点で、会社の指示に従って業務を遂行する従業員(雇用人)とは明らかに立場が異なり、業務執行に対する責任も重くなります。
(1) 業務執行における善管注意義務
株式会社の取締役は、会社と委任契約の関係にあります(会社法330条)。
委任と雇用の一番の違いは、業務における独立性です。取締役には、雇用人とは異なり、業務遂行(事務処理)について独立した裁量権があります。
そして、取締役は委任契約に基づいて、会社に対する善管注意義務(善良なる管理者の注意義務)を負っています(民法644条)。
つまり、取締役は、この善管注意義務に違反して損害を発生させたときに損害賠償責任を負うことになります。
取締役が委任契約上負うのは株主(会社)に対する責任です。しかし、職務遂行について「悪意」または「重過失」があり、それによって第三者に損害を生じさせたときには、株主(会社)以外の第三者に対しても責任を負います(会社法429条)。
取締役が複数人いるときには、すべての取締役が連帯して責任を負うのが原則です(会社法430条)。
(2) 経営判断の原則
会社の経営には常にリスクがつきまといます。会社の利益のために正しい判断をしたとしても、さまざまな事情により期待した結果が伴わないこともあります。
しかし、きちんとした経営を行っていたとしても損失が生じた場合にまで責任を負うことになれば、会社の経営が萎縮してしまいます。
会社が全くチャレンジしなくなれば、会社が成長する機会を失い、株主(会社)にとっても損失になることが少なくありません。
そこで、経営者の責任は、「経営判断の結果に対する責任」ではなく、「経営者としての判断の過程」に問題がある場合にのみ問題となります。
このような考え方を「経営判断の原則」と呼んでいます。
ものすごく簡単な比喩で説明すれば、「経営者であれば当然すべきことをしていない」ことが原因で損害が生じたときに賠償責任を負うということです。
(3) 損害賠償について
「経営判断の原則」にしたがえば、経営者が適正なプロセスで経営判断していたのにもかかわらず、会社の業績があがらず倒産に追い込まれた場合には、「会社を倒産させたこと」に経営者の「法的責任」は生じないことになります。
ただし、取締役個人が会社の債務を連帯保証しているときには、「連帯保証人として」会社が支払えなくなった債務を履行する義務を負います(取締役としての責任ではありません)。
中小企業では、会社の債務に経営者が個人保証しているケースが少なくありません。
そのため、会社の倒産と経営者の自己破産がセットになることが一般的です。
2.経営者に責任(賠償義務)が発生する場合
取締役の義務違反(任務懈怠)によって、倒産した会社に損害が発生していたときには、取締役はその責任を負わなければなりません。
(1) 経営者の責任が問われる具体例
経営が傾いた会社ではしばしばコンプライアンス上問題とされる行為が見受けられることがあります。
会社の破産手続きにおいて、よく問題となる具体例は、次の通りです。
- 倒産逃れのために粉飾決済をしていて必要のない納税をしている場合
- 配当できる利益がなかったにもかかわらず配当を行っていた場合
- 会社の資金が不当に社外に流出している場合
- 危機時期に会社の財産が不当に減少させられた場合(財産・事業の売却など)
上の場合のような善管注意義務違反があったことで、破産会社に損害を生じさせたときには、破産管財人によって、取締役に対する損害賠償請求の要否が検討されます。
なお、会社の財産が不当な価格で売却された場合や外部に流出したときには、破産管財人による「否認権」・「取戻権」の行使によって問題を解決するのが原則です。
しかし、ケースによっては、譲渡された財産の消失や価値減少などによって否認権・取戻権の行使では損失を回復できない場合もあり、そのときには、取締役に対して賠償請求がなされることがあります。
(2) 破産手続きと経営者の責任の追及
破産管財人が破産会社の取締役の責任を追及する(損害賠償を請求する)ときには、「役員責任査定手続き」を裁判所に申し立てます(破産法178条)。
役員に対する損害賠償請求を「通常訴訟(判決手続き)」で行えば、破産手続きの進行を遅らせることに繋がりかねません。
そのため、破産法は、破産会社における役員の責任の有無を判断する簡易・迅速な手続きを特別に用意しています。
破産管財人から役員責任査定の申立てがあると、破産裁判所(破産会社の破産手続きを行っている裁判体のこと)は、「決定」によって役員の損害賠償義務の有無や損害賠償義務があるときの賠償額を判断します。
なお、役員責任査定手続きは、破産裁判所の職権で開始されることもあります。
さらに、経営者への責任追及の実効性を確保するために、破産管財人(破産裁判所)が経営者の財産を仮差押えする保全処分(損害賠償義務の有無の判断に先行して責任財産を確保する手続き)も認められています(破産法177条)
3.経営者がやってはいけないこと
会社は破産すると消滅しますが、会社に破産手続き開始決定が下されたからといって即座に会社と取締役との委任契約が解消されるわけではありません(最判平成21年4月17日集民230号395頁)。
したがって、会社が破産手続き開始決定を受けたとしても経営者には一定の義務が残っています。
(1) 経営者には会社の破産手続きを適正・円滑に進める義務がある
会社を破産させた後の経営者の義務として最も重要なのは、「会社の破産手続きを適正・円滑に進めること」に協力する義務です。
具体的には、次の義務が挙げられます。
- 破産管財人に対する説明義務
- 居住地を離れることの制限
- 債権者集会への出席
会社の破産事件において破産管財人は、会社の財産状況・契約関係その他の一切を調査する必要があります。
破産管財人の業務を円滑に行わせるために、会社の経営者は、必要な事項について説明し、書類などを提出する義務があります(破産法40条1項3号・2号)。
この義務に違反したときには破産法に定められる罰則を科されることがあります(破産法268条)。
また、破産管財人の説明義務を果たすために、居住地を離れる際には裁判所の許可を得る必要があります(破産法39条・37条)。したがって、会社の破産手続きが終わるまでの間、長期の旅行などに制約が生じます。
さらに、債権者集会への出席も義務づけられています(破産法136条1項)。債権者集会は平日の日中に行われることが一般的であるため、日程を調整する必要があります。
多くのケースでは、第1回目の債権者集会において、法人の経営者から債権者に対する挨拶(お詫び)の機会が設定されます。
(2) 経営者の個人的な活動はどこまで制限されるか
法人が破産すれば、従業員と同様に、経営者も職を失うことになります。そのため、経営する会社が倒産する時期に、新しい事業(会社)を立ち上げたり、別の会社の取締役に就任したりすることも考えられます。
会社法には、1人の者が複数の会社の役員になることを禁止した規定はありません。
したがって、破産会社の経営者としての義務(忠実義務・競業禁止)に反しないのであれば、別の会社の取締役に就任したり、新しく会社を立ち上げたりすることは問題ありません。
また、会社の破産後(営業停止後)であれば、競業禁止は緩和されて良いと考えられなくもありません。
しかし、会社が倒産する際には、多くの利害関係人に多大な迷惑がかかることが少なくありません。
破産した会社の経営陣が、会社の破産直前に、破産会社と競業する会社の役員に就任したり、破産会社と競業する事業を立ち上げたりしたとなれば、破産会社の経営判断に不正があったと疑われかねません。
また、役員自身も自己破産すれば、契約の解除により取締役を解任する必要があることにも注意が必要でしょう。
経営する会社の破産と平行して新会社設立・別の会社の取締役就任をお考えのときには、不要なトラブルを回避するためにも、事前に弁護士にご相談いただき必要な助言を受けられることを強くお勧めします。
4.会社の破産は弁護士へご相談下さい
会社を倒産させるときには、経営者の責任が問われないようにするためにも、事前に十分な調査を行い、破産手続きで問題となる可能性のある要素を排除する措置を講じて、万全を期して破産を申し立てる必要があります。
破産手続きを公正に終わらせることは、経営者の方の今後にも必ずプラスになります。
また、中小企業の場合には、弁護士に依頼することで、裁判所に納める予納金を節約できることもあります。
不幸にも会社の経営に行き詰まってしまったときには、法人破産の実績が豊富な弁護士事務所に早めに相談することが大切です。
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