後遺障害の逸失利益を正当に受け取るためのポイント
交通事故でケガをして後遺症が残ってしまうと、従来通りに働けなくなり、収入が減ってしまうことがあります。
その減ってしまった収入を損害としてとらえ、交通事故の加害者や加害者側の保険会社に請求するものが、「逸失利益」と呼ばれるものです。
このコラムでは、請求するための条件・計算方法や計算項目・主婦や学生、無職の方や高齢者など具体的事情ごとの逸失利益、などのポイントを踏まえて、後遺障害の逸失利益とは何か、わかりやすく説明しましょう。
このコラムの目次
1.逸失利益の基礎知識
逸失利益とは、わかりやすく言えば、将来手に入れられるはずだったのに、交通事故に遭ったせいで手に入れられなくなってしまうであろうお金のことです。
交通事故による逸失利益には、以下の二つがあります。
- 後遺障害による逸失利益:後遺症を負ったことによる被害者の方の減収分
- 死亡による逸失利益:被害者の方が亡くなったことによるご遺族の減収分
このコラムで主に取り扱うものは、上の後遺障害による逸失利益です。
(1)逸失利益を請求するための条件:後遺障害の認定
「後遺症」ではなく、「後遺障害」による逸失利益、と呼んだのは、間違いではありません。
交通事故の損害賠償請求制度では、後遺症が「後遺障害」に当たると認定されて初めて、逸失利益を請求できるようになります。
後遺障害等級認定手続という制度の中で、
- 交通事故が原因で
- 後遺症が残ってしまったと医学的に証明されたうえ
- 後遺症によって自賠責保険制度が定めている一定以上の労働能力(仕事や家事をする能力のことです)の低下が認められる
ことで、後遺障害の認定を受けることが出来ます。
後遺障害は、最も重い1級から最も軽い14級までの等級に認定されます。
すぐ後で説明する通り、逸失利益では、労働能力が後遺症によりどれだけ減ってしまったかを示す「労働能力喪失率」が、請求できる金額を大きく上下させます。
労働能力喪失率は等級ごとに異なっていますから、単に後遺障害であると認定されるだけでなく、より重度の後遺障害であると認定されることも重要です。
(2)逸失利益の計算方法
逸失利益の金額は、以下が考慮されます。
- 労働能力の低下の程度
- 現実に減少した収入の金額
- 将来の仕事に対する悪影響
- 日常生活への悪影響
実務上は、おおざっぱに言えば、下の計算式で計算されています。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応する中間利息控除の係数
これから、それぞれの項目について、できるだけわかりやすく説明しましょう
2.逸失利益の計算項目
(1)基礎収入
端的に言えば、後遺症の影響がなかった場合の被害者の方の年収です。これを基礎に、どれだけ収入が減少するか、どれだけの期間、収入減が続くかなどを考慮します。
原則としては、事故前の現実の収入が用いられます。
例外的に、将来収入が増えると言える場合には、より多いと証明できた収入や、平均賃金などを基礎にすることもできます。詳しくは、具体的事情別の説明の中で触れます。
(2)労働能力喪失率
労働能力喪失率とは、後遺障害によって、労働能力がどれだけ低下したかを割合であらわしたものです。
後遺障害の等級ごとに目安が定められています。
その目安をもとに、被害者の方の以下のような事情を考慮して修正します。
- 職業
- 年齢
- 性別
- 後遺症のある体の部分
- 後遺症の程度
- 事故前後に現実に働いていた内容
なお、場合によっては期間に応じて労働喪失率を少しずつ減らすこともあります。
「逓減方式」と呼ばれていて、たとえば、最初の10年間は後遺障害10級の27%、次の10年間は第12級相当の14%・・・というような処理をします。
(3)労働能力喪失期間に対応する中間利息控除の係数(ライプニッツ係数)
この項目の目的は、被害者の方がお金をもらいすぎないよう減らして調整することにあります。
「交通事故でひどい目に遭ったのに!」と思われるでしょうが、どうしても法律の制度では、「やりすぎ」とならないように調整をするものなのです。
(4)労働能力喪失期間
労働能力喪失期間とは、後遺症の影響で被害者の方の収入が減少してしまうだろうと見込まれる期間です。原則としては、症状固定時の年齢から「就労可能年数」とされている67歳までです。
子どもや高齢者の方の場合には、異なる扱いがされます。
さらに、職業や健康状態、後遺症の内容次第で期間が修正されることもあります。
特にむち打ちで後遺障害14級に認定された場合には、3年~5年程度しか認められないことが多くなっています。
(5)中間利息とライプニッツ係数
中間利息とは、将来もらえるはずのお金を今もらって、そのお金を他人に貸し付けた場合にもらえる利息だと考えてください。
逸失利益は、将来、定年などにより働くことを止めるまで、ずっと生じる労働能力の低下による収入の減少を、まとめて損害賠償金とするものです。
30歳の被害者の方が60歳のとき1年分の逸失利益として、60歳の予測年収1,000万円の10%である100万円を、「今」受け取ったとしましょう。
いかに現代が低金利時代とはいえ、利息がつけば、現実に60歳となる30年後には100万円をはるかに超える金額になってしまいます。59歳、58歳…と毎年の分が積もり積もっていけばなおさらです。
そこで、労働能力喪失期間の年数をそのままかけるのではなく、10年だったら8弱、20年だったら12ちょっと…というように、労働能力喪失期間に応じて、書ける数を減らして調整する。これが、中間利息控除の係数なのです。
一般的には、元のお金だけでなく利息にも利息を付ける「複利計算」を前提としている係数である「ライプニッツ係数」が用いられています。
なお、この中間利息の利率は、現在は法律の規定上5%になっています。しかし、この低金利の時代に、5%はないだろうということもあり、2020年4月1日に、法律上の利率を3%に下げたうえで、3年ごとに1%刻みで利率を上下させるという変動性が導入される予定です。
そのため、2020年4月1日以降は、ライプニッツ係数が大きくなり、逸失利益の金額が大きくなると予想されます。
3.具体的な事情ごとの逸失利益の内容
(1)サラリーマンなど給与所得者
会社などに勤務して給料を受け取っている給与所得者は、交通事故に遭った前の年、1年間の収入が基礎収入になります。必要書類として、勤務先発行の源泉徴収票が必要です。
転職をしたばかりの場合には、前職での収入を考慮するため、前の勤務先発行の源泉徴収票や、税金関連の証明書(住民税の課税証明書など)も提出する場合があります。
おおよそ30歳未満、20代の方の場合、基本的に男女別の全年齢平均賃金と実際の収入のうち、より高い金額の方が基礎収入となります。
なお、現実の収入が、賃金センサスの平均額以下だったとしても、前の年に無職期間があった、病気で入院していたという特別な事情があったため収入が少なくなっただけで、本来は平均賃金が得られていたというならば、少なくとも平均賃金をもとに基礎収入を計算します。
(2)自営業
自営業など、他人に雇われずに働いている方は、以下のような確定申告関連の書類により、前の年の収入を証明します。
- 事故にあった年度の前年度の確定申告書の写し
- 収支内訳書の写し(白色申告をしていた場合)
- 青色申告決算書(青色申告をしていた場合)の写し
ただし、自営業者の方の場合、逸失利益自体の請求は認められるにしても、その金額は給与所得者よりも明確ではありません。
事業の中で株式や不動産に投資をしている場合や、家族に手伝ってもらっている場合には、確定申告上の所得のうち、被害者の方自身が働いて得た収入の分だけが基礎収入になりますから、申告書類上の金額よりも減ってしまいます。
逆に、申告していない収入があるからと言って、そう簡単には基礎収入を増やしてもらえません。
一応、会計帳簿など様々な資料を提出して、申告金額より大きい金額を基礎収入としてもらえる可能性はあります。しかし、公的に証明がされているわけではありませんから、保険会社はもちろん裁判所もほとんど認めてくれません。
何とかしたいというならば、出来る限りの資料をかき集めて、弁護士に相談しましょう。
(3)主婦
弁護士に依頼しないでいると、保険会社の中には、主婦は収入がないから逸失利益はないと言いくるめようとするところもあるようですが、主婦の方でも逸失利益を請求できます。
たとえ専業主婦の方であっても、洗濯や掃除、料理に育児は、お金を払う価値があるサービスですから、家事による収入があるとみなされています。
実務上は、働いている女性全て(つまり、交通事故に遭われた主婦の方の年齢を考慮せず)の平均賃金が基礎収入になります。
なお、共働き、特に実際の収入が少ないパートの方の場合、働きに出ていることによる年収と、家事に関する先ほど説明した平均賃金のうち、より金額の大きいほうを基礎収入とします。つまり、パートと家事を合わせて年収を考えることはできません。
(4)学生や子ども
まだ働いていない学生や子どもの基礎年収は、男女を含む全ての働いている人の平均賃金が利用されています。男女平等の観点からすると、女子にまだまだ男性と比べて格差の大きい現在の女性平均賃金を用いることは不適切だからです。
なお、保険会社は、あくまで女性だけの平均賃金を基礎年収として逸失利益を主張してくることがありますのでご注意ください。
また、ライプニッツ係数にも注意が必要です。
まだ働いていない子どもの場合、将来働き始める時期までの期間は、労働能力喪失期間とは言えません。
そのため、子どものライプニッツ係数は、将来働き始める時期までの年数(原則としては18歳になるまでの年数です)を考慮します。
たとえば、交通事故に遭って後遺症を受けた子どもが10歳だったら、
67-10=労働能力喪失期間57年のライプニッツ係数から、18-10=労働能力喪失期間8年のライプニッツ係数を引いたものが、その子どもの逸失利益を計算するときのライプニッツ係数になります。
(5)無職
交通事故当時無職の方でも、働くことができ、また、働く意欲があって、就職できる可能性があるならば、逸失利益が認められる可能性はあります。
問題はやはり基礎収入の金額です。将来の収入への影響が問題なのですから、将来の再就職先の収入を基礎収入としたいところです。
しかし、どこに就職するかがわからないままでは、将来の収入は基礎収入にすることができるはずもありません。
そのため、内定済みと言った事情がない限り、失業前の収入を参考として基礎収入を決めることになります。
前職の収入が男女別の平均賃金以下の場合に、本来は平均賃金が得られていたはずだったという事情があれば、平均賃金が基礎収入となります。
(6)高齢者
年金暮らしの高齢者の方でも、働く能力があった・働く意思が客観的にあった、と言える場合には、逸失利益を請求できることがあります。具体的には、年金をもらいながらも仕事を続けていた場合や、または、事故当時に働いてはいなかったが、就職活動をしていた場合などです。
逸失利益の金額については、男女別、年齢別の平均賃金額を基礎収入とします。
なお、高齢者の方の場合、どうしても注意しなければならないことが、労働能力喪失期間です。67歳以上の方だと、そのままでは67を引けば0以下になってしまいます。
実務上は、原則として、平均余命の半分を労働能力喪失期間としています。
(7)会社役員
会社の役員の方の報酬は、
- 労務提供の対価:サラリーマンのように会社のために仕事をした役員への見返り
- 営業利益の配当:会社のオーナーである役員に対する会社の利益の分け前
という二つの性質を持っています。
ほとんどの場合は、どちらか一方だけの性質しか持たないことはありませんし、また、明確に何円までがどちらのものと区別することもできません。
結局、平均賃金などを参考にして、具体的な事情をもとに判断されることになるでしょう。
4.法律の知識や経験が必要な逸失利益は弁護士へ
逸失利益は、後遺症による生活への悪影響を、将来の収入の減少を想定してまとめて考えるものです。
後遺症による将来の不安を和らげるためにも、出来る限り多くの逸失利益を請求したいところですが、将来の減収分を今想定して請求するわけですから、どうしても争いになりがちです。
また、そもそも後遺障害の認定を受けなければ、逸失利益を請求することはできません。
相場が決まっているから大丈夫だろうと安心していたところ、保険会社から逸失利益を減額するための様々な主張をされてしまい、裁判所にも保険会社の主張を認められてしまうと、想定よりも逸失利益の金額が大きく減少しかねません。
保険会社に対抗しようにも、「中間利息控除が、えーっと…?」となってしまう方が大半でしょう。法律の専門的な知識や経験がないのですから、さすがに仕方がありません。出来る限り早くから、法律の専門家である弁護士に相談をした方がよいでしょう。
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